葬祭カウンセラー/AFP/行政書士Okeiのお寺と葬祭供養関連コラム

墓じまいで離檀料を請求されたときの対処法

離檀料は、払わなければいけないお金なのか?

民営霊園や公営霊園であれば、お寺と特別な関係を結んでいるわけではないので、「離檀」という問題は起こりません。
ここでは、「お寺にある墓」をしまう場合のトラブル(おもに、〝離檀料〟と呼ばれるもの)について考えてみたいと思います。

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慌てず、請求された金額の中身をよく聞いてみる

これまで何世代かにわたって先祖代々お世話になってきたお寺との縁を切る(=離檀する)とき、高額の料金を要求される、という話はよくあります。

しかし、「離檀料」と呼ぶかどうかは別として、和尚さまによっては、墓地を更地に戻すための撤去工事費用(石材店へ支払う実費)や、御魂抜きのお布施なども含めて、「離檀料」と呼んでいる場合もあります。

詳しくは別記事、御魂抜きって本当に必要? で述べますが、この御魂抜きの読経をしていただくためのお布施と、墓地を更地に戻すための撤去工事費用は、墓じまいの際、「必ずかかる費用」といえます。

撤去工事費用は、俗に「1坪10万円~15万円」といわれ、行政書士としてこれまで改葬(〝お墓の引っ越し〟を指す行政手続きの名称)業務を多数受任してきた私の経験からすると、首都圏の標準的な(さほど大きくはない)広さのお墓をしまう場合で、20万円~30万円の見積もりになることが多いです。

撤去工事の実費と+読経(御魂抜き)のお布施は必ずかかる

撤去工事費用の目安については別記事で説明しますが、「うちの墓地はそんなに広くないから、10万円もあれば片付くわ」と思っていると、2倍も3倍もかかることになる場合が多いですし、親戚筋の墓地が複数ある場合には、撤去するだけで100万円前後かかることもあるので要注意です。

墓じまいしたい、と切り出したらいきなり150万円かかると言われました。ボッタクリです!

というご相談をいただくことが月に数回ありますが、よくうかがってみると、お墓が2つあり、撤去工事費用が60万円、代々院号のついたおつきあいなので、御魂抜きのお布施が1柱30万円、ご納骨されている御魂が3柱いらっしゃるので、あわせて150万円だった、などということもあったりします。

御魂抜きのお布施を定額で言われるのはどうかとも思いますが、従来のおつきあいから、お寺側ではそのくらい払っていただけるものと考えている、という目安なのでしょう。

この場合、経済的に苦しい状況であれば、できることは2つです。

最初は、2つのお墓を同時に片づけなければならないのかどうかを考え直すことです。1つでよければ工事費用は半分。御魂抜きも1柱か2柱で済むのではないでしょうか。時間が経過して経済状況がもう少し楽になったとき、もう1つをしまうということもできます。

2つ目は、御魂抜きの読経のお礼について、「従来はこのような事情で1柱30万円をポンとお包みできる経済状態だったが、いまはこういう事情でとても無理である」ということを正直にお話しし、お礼できる額を提示してみましょう。

たいていの場合、「少し無理をしても、このくらいしか払えません」と交渉なされば、折り合っていただけると思います。

経済状況を正直にお話ししても、少しも折れていただけない場合には、しばらく放置して時間を置いて、再度交渉してみることも大切です。

トラブルは、時間が解決する、ということもしばしばあります。

昨今は全国的に、「人口減少しているのだから、墓じまいが起こるのも当然」という考えがいきわたるようになりました。

数年前に交渉したときは激怒されたが、今回行ってみたら、びっくりするほどあっさり納得していただけた。

という声も耳にしますし、ご住職が代替わりされるとお寺の対応が一変する、ということもあります。

すでに埋葬してあった遺骨を同じ寺で合葬してもらうときは、永代供養料がかかる

また、お墓を更地に戻したあと、埋葬してあったご遺骨をどこかへ改葬したりご自宅保管にしたりするのではなく、そのお寺の永代供養スペースに移していただく場合は、当然ながら永代供養をお願いするための費用がかかります。三十三回忌法要が済んでいて、いわゆるお弔い上げの状態になっているとしても、新たに読経してくださると思いますので、お気持ちをお納めするのが筋といえるでしょう。

先祖の遺骨をとりだす足抜け料は、法的根拠なし

上述した以外の、説明のつかない「お礼」、いわゆる足抜け料としての離檀料は、不要です。

この国では、憲法第20条で「信教の自由」がうたわれているのですから、そのお寺または宗派に対する信心がなくなり、お寺とのつきあいをやめるのであれば自由に立ち去ってよく、代償を支払う義務はありません。

お寺さまによっては、「一度私のもとで佛弟子となったかたなのだから、遺骨がどこへ行こうが三十三回忌までご供養する」とおっしゃり、まだ迎えていない回忌法要のお布施をまとめてお包みください、などと言われる場合もあります。

その場合は、和尚さまとの関係が良好で、たんにお参りしづらいなどの物理的な事情で墓じまいされるのであれば、お気持ちのままをお包みされたらよいでしょう。

いっぽう、お寺との関係が悪化し、信心もないのに、お寺側が一方的に「供養する」とおっしゃるならば、お包みする必要はないといえます。
なかなか引き下がっていただけない場合は、「信仰がなくなっているので、ご供養はお控えいただきたい」とはっきりお伝えしてもよいと思います。

ご遺骨の所有権は、あくまでご遺族にあります。
本来論をいえば、仏教ではご遺骨に執着するという考えは、ありません(インドでは墓をつくらず、火葬したのち河へ流します)。

お墓をしまうのですでにお納めしてあるご遺骨を取り出したい。撤去工事費用と御魂抜きのお布施はお支払いするつもりがあります。

このようにお話ししてもなお、それ以外にたとえば「先祖の遺骨を取り出したければいくら持ってくること」などと言われた場合は、やはり少しの時間をおいて、根気強く何度か交渉してゆくのがよいでしょう。

※どうしても時間を置くことができない事情がおありの場合は、Okeiの事務所:こちらOK行政書士事務所へご相談ください。ご相談費用の目安は、こちらのページの「エンディング分野」というリンクを踏んでご覧ください。

新しいお墓に予算をめいっぱいかけてしまうと、移すことが困難に

ここまででだいたいご理解いただけたと思うのですが、お墓を「しまう」ことにも、かなりの費用がかかります。

「墓じまい(=私は、先祖代々のイエ墓をしまうこと、と定義しています)」、「改葬」というと、新しく遺骨を移すほうのことばかりに目が向きがちです。樹木葬がいい、駅前の納骨堂がいい、などパンフレットを見較べてワクワクされることでしょう。

しかし私は、「しまうための撤去工事費用」をまず石材店に見積もってもらうのが先、とお伝えしています。

そこはどうしても値切ることもしづらい最低限の必要費だからです。

ここまでのまとめ

  • 更地に戻すための「撤去工事費用」と、「御魂抜きの読経のお布施」は、払うべきもの
  • 新しいお墓の予算よりも、撤去工事の見積もりを先にすべき
  • 永代供養をお願いする流れになるなら、永代供養料が別途かかる
  • それ以外のよくわからない「お礼」などと言われた場合は、(信心がないのであれば)払う必要のないもの
    ➡時間を置いて再度交渉するか、費用がかかってもよいなら専門家を入れて話し合うことも視野に入れる

交渉前に、お寺と檀家の関係を大づかみしてみる

本来、寺檀関係は師弟のような信頼関係(とお寺側は思っている)

そもそも檀信徒関係とは、亡くなったあとそのお寺のご住職を師匠として、仏弟子になります、という契約です。

ですから師弟関係のように、「信頼のもとに」築かれているという前提が(お寺側には)あります。

離檀の話にいたる前に、なにか不都合や不服があったなら、春秋のお彼岸参りやお盆の棚経のときにでも、話してくれればよかったのに……という思いが、(お寺サイドには)生じます。

お寺との距離が開いたのは、高度経済成長で所属先が「イエ」から「企業」になったから

農業・漁業を含め、自営業のご家庭が過半だったころは、イエがまさに社会の単位でした。家族や親族は同じ寺に属し、ともに弔ってもらうのが当然でした。

資本主義が台頭して所属先がイエから会社にかわり、また地域を超えての婚姻も当たり前となり、国際結婚も普及し、いまでは夫婦であっても信じる宗教が違うということもよくあります。

このようななかで、江戸時代以来の寺檀制度はいよいよ終焉を迎えつつあります。

《出典:労働省就労白書 28ページ 第1-(2)-13 図 就業形態別にみた労働者数の推移》

いっぽうで、それでもいまだ「わが家は立派なお寺とおつきあいしている」ということに自負を抱くご家庭も、わずかながら存在します。

そうした裕福なご家庭に支えられているお寺は、「寺を大事にしてくれるご家庭もちゃんとある」、「縁を切るなどもってのほか」という思いを抱きがちなのですが、時代は着実に推移し、人口減少にコロナ不況が追い打ちをかけ、お寺と密につきあうことのできる経済力のご家庭は、年々激減しています。

気づいてみたら、お寺の敷居はとても高かった

われわれの所属がイエから企業にうつり、また町や村がみな同じ寺に所属していた状況が変わって檀信徒が就職、転勤で遠方に移り住んでいっても、日本が経済成長していたころは、多くの人が葬儀・法要のお布施を気前よくさしだしていました。

平成に入ってデフレが長引き、「親の世代と同じようなお布施の額はとても払えない」という人が増え、じょじょに寺離れが進行してゆきました。

高度経済成長とともに多くの家庭が核家族になったので、お寺の管理費をいくら払っているのか、いつごろお納めしているのか、祖父母のもとに届くはがきでしか知ることができない、という状況になりました。

お布施の相場を檀家総代に聞きたくても、誰が総代さんなのかもわからなくなっていました。

結果、お寺はほとんどの市民にとって、「連絡しづらいところ」、「とても敷居の高いところ」となってしまったのです。

誰が望んだのでもない大きな溝から、寺檀トラブルが多発

ご近所づきあいでもなんでも、要望や不満があれば小出しに伝えてゆくものであって、ある日いきなり訴訟なんていうことはないでしょう。

ところが、寺檀関係においては、ある日いきなり引導を渡してしまう、ということを、多くのかたがなさっています。
そりの合わないお隣さんに対してすら決してしないような非礼を、お寺に対しては、皆さん平気でなさっている、ということになります。

その原因は、上述したような社会構造の急激な変化によるもので、お寺が悪いわけでも、市民が悪いわけでもないのです。

しかしお寺からしたら、「そんな非常識、非礼な人とは縁を切ってもいい! だけど、寺の経営だってあるんだから、払うものは払ってもらおう」という考えになってしまうのも、わからなくもありません。

お寺の大半は家族経営のような小さな規模です。檀信徒数が年間に数%減ることは、10年後の経営破綻を意味します。

そのようなお寺にとって、墓地の年間管理費や、墓地使用契約を結んでいる檀信徒の葬儀法要の布施収入は命綱なのです。

経営が苦しい小規模なお寺ほど、不満をお伝えしづらい構造になっている

また、ここが矛盾でもあるのですが、修行僧が5人以上常駐するような中規模のお寺であれば、事務かたの職員も雇用していたりしますので、市民からすると、物事を伝えやすいかもしれません。

しかし、家族経営規模のお寺では、住職もしくは副住職、寺族さま(住職の奥さまなど親族)と直接話をすることになります。

多少の不満があっても、そうそう切り出せるものではありません。つまり、経営がギリギリと思われる小規模のお寺ほど、寝耳に水の機会が増えてしまうのです。そして、宗派によっても多少事情は異なりますが、各宗派の統計を見れば、家族経営規模のお寺が、全体の8割以上になっていると思います。

「お寺は儲かっている」という印象があるかもしれません。しかし全国の寺院で楽に経営できているのは2割にすぎません。6割以上が兼業。跡継ぎのいない寺も宗派によっては3割にのぼります。

しかもお寺の補修費というのは莫大で、文化財登録などしていればなおのこと、瓦ひとつ交換するにも何十万、壁を塗り直すのに何百万とかかったりします。

さらに、「全国で改葬・墓じまい流行り。離檀相次ぐ」という情報があいまって、お寺サイドもまさに日々、戦々恐々としています。

いきなり切り出せば、失礼にもあたるしトラブルの元。墓じまいのことは、お参りのときなどに「うちは女の子の孫しかなく」など、「まだしまうかどうかわからないうちから」早めに、切り出しておくのがトラブルを避ける最大のコツです。

後半のまとめ

  • お寺の8割は家族経営規模で、経営難。しかもそういうお寺ほど、不満を言いづらい構造になっている
  • 高度経済成長が過ぎたら、お寺はとても敷居の高い場になっていた。
  • そうはいっても、長年のご縁を唐突に「切りたい」と言い出せば、トラブルになるのも当たり前
    ➡墓じまいをいずれしなければ、と思ったら早めに、お参りのついでなどに切り出しておく。半年~数年をかけて、じょじょに伝えてゆくべき。
日本最大級のお墓ポータルサイト「いいお墓」

お寺のホンネ 市民のホンネ

昔の檀家は、村に1つの文化財を「ともに支えている」意識がありました。財力で支える人もいれば、草むしりや掃除など肉体労働で奉仕する人も。
お寺が村の集会所であった頃の話です。

いま多くの都市部では、お寺と檀家宅が車で何十分も離れているうえ、檀信徒どうしの横のつながりもほとんどないので、お寺はメンテナンス費用をすべてお布施と管理費で賄うしかなくなっています。

心の相談(生老病死の悩み相談)に乗ってもらえないのに、死んだときだけ何十万もとられるのは心外だ。

ごもっともです。
しかしわれわれのほうも、するべきご奉仕を長年の間、「お金で」、それも微々たる金額でしか、してこなかったんです。

納骨に高額を要求されて離檀を検討されているなら、まずはこうした事情を把握しましょう。
そして電話や手紙ではなく、アポイントメントをとってお寺へ出向き、ぜひじかにお話しをしてください。

お寺の経営も大変だということはわかります。しかしわが家も父の闘病で預金もすっからかん。申し訳ないが、しばらくの間、お寺とまともなおつきあいのできる経済的余力がありません。

もちろん、時間を割いてお話を聞いていただくのですから、ご本尊にお供えは持参しましょう。

そして、年間管理費はどのくらい待っていただけば支払えそうなのか、いくらまでなら払えるのか、具体的にお話ししていきましょう。

話し合いの結果、納得できる部分があれば離檀を保留にできるかもしれません。
しかし残念ながら、かえって「お金がないなら、むしろ縁を切って出て行ってほしい」という反応が返ってくるケースも皆無ではありません。

何十万何百万というお金を払えなければ教えを説かない、読経もしないというのは、伝統仏教寺院として疑問であるということを、それとなく伝える
こちらが理解を示しながらお話ししてもなお、お金の話しか出てこないようでしたら、こうおっしゃってください。

お釈迦さまの教えは、私どものように病気や貧乏で苦しんでいる者を救ってくださる教えではないのですか。和尚さまのおっしゃる金額を払えなければ、そのありがたい教えをいただくことさえできないのですか。

それでも納得のいくお答えをいただけなかったら、最後はこんなつくり話を切り出してみる奥のテも(もちろん、架空の話で構いません)。

では近所のかたの勧めもあるので、○○学会の門を叩いてみますね。あちらは毎月の新聞代が3000円ちょっとかかりますが、少なくとも私どもの悩み苦しみを聞いてくださいます。教えについてもたくさん学ばせてくださいます。

ここまで言ってしまえば、離檀の決意も固まることでしょう。ご先祖さまに申し訳ないと苦しむ必要もありません。

争う場合は、“遺骨の返還要求”という物権に話題を絞って

すでに埋葬されてしまっているご先祖の遺骨を取り出すには、お寺の印(改葬許可証への捺印)が必要です。お寺側の事情も汲んで話した上で、それも話し合いがまとまらず、さらに遺骨の返還を拒まれるようなら、当事務所か弁護士にご相談ください。

法テラス(弁護士会の相談)や弁護士の先生に相談されるときは、宗教上のトラブルとしてではなく、「遺骨の返還要求」であることを明確に主張してください。

「和尚さんのこの言葉に傷ついた」、「仏教寺院として信頼できない」といった心情的なことは出さず、遺骨をめぐる“物権の争い”に論点を絞ります。

信・不信の問題となると、「宗教上のトラブルは裁判にそぐわないので争えないと判断されます。

要するに、「あなたのご親族がそのお寺を信頼して永代使用契約を結んでしまったのだからしかたがない」ということになってしまうのです。

仏教の教えとは対極のことに固執しているケースも、多々ある!

歴史あるこの寺を絶やさないため…… 取れる人からは少しいただいておかないと。

しかしその思いが、あさっての方向へ派生しているケースも少なくないのは確かです。

寺を絶やさないため、後を継ぐ息子を仏教大学へやらなければならない。

修繕費が何千万にもなるのに、このままでは捻出できない。

宗教法人ですから、「信仰」あってのお寺です。

その維持費を、信仰をもう持っていないよと、勇気をもって離檀の意思を示した人へ請求するのはお門違いです。

信仰をあつめられなかったのであれば寺をたたんで、市井に出てまた一から布教をすべきなのです。

寺院施設を半永久的に保たなければならない、という考えは、お釈迦さまの教えにありません。

むしろ逆です。諸行無常。形あるものはいつか滅びる。形ある財に固執するな、ということを教えるのが仏教です。

私が改葬に伴う離檀のご相談を受けたときは、このあたりのお話しからしていきます。

そうしますとたいていは、離檀するかたへ請求すべきは「撤去費用」と、お墓を移すにあたり御霊抜きの読経をしていただくためのお布施、というあたりで落ち着いてゆきます。

しかし墓じまいの際は、前述のとおり撤去工事費用や新たなお墓の契約などで大きなお金が必要です。お布施にまで何十万円も捻出できない、という場合は、事情をお話しして可能な額をお納めしましょう。

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