寺と法とお金

ペットは生きててこそ安心するのに、食べる相手は生きてると困惑する

ふるさと納税で、活貝が届きました。

魚焼きグリルに入らないくらいの、けっこうな大きさのサザエたち。

発泡スチロールの箱に入ってクールで届きましたが、蓋の部分を上下させて、元気に動いています。

神棚に向かい祝詞をあげてから、いただきました。

ふと思ったけれど、

ペットのサザナミインコは毎朝動いていてこそ「安心」するのに

これから食べようとする生き物は、動いていると

なんだか申し訳ないなぁ…困ったなぁという気持ちになります。

その困惑を一掃させてくれるのが、祝詞です。

当たり前だけれど、ペットだったら生きてるうちに祝詞はあげないよねぇ…

万が一、落鳥しちゃったとき(★になっちゃったとき、とも言います)

「南無阿弥陀仏」と手を合わせるんだろうなぁ。

サザエは活きてるうちに祝詞なのに、

インコは死んでから読経???

そりゃあそうか。サザエさんはこれから殺していただく、ってわかっていて

インコは「死ぬとは思ってない」のに死んじゃうから、あとで読経となる。

いずれにしても宗教的儀礼は、

死の衝撃をやわらかにナットクさせてくれるためにあるんだなぁと。