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中道

自由主義か、保守主義か。二者択一じゃあ能がない!

従兄の義兄がE・トッドの翻訳者だから言うわけじゃないけれど。
論点がいつも、「TPPは是か非か」、「自由か、保守か」になってしまうところに多大なギモンを感じる。
消費経済(日用品、家電など)と、精神文化(年に一度の温泉旅行、1点ものの調度品や器などこころを満足させる品)とで物事を分けて考える必要が Continue reading

欲しいという気持ちを手放したとたんに

欲しいと思っている間はいっこうに手に入らず、手放した瞬間に手に入ることは多い。

職人の技術しかり。
芸能の花しかり。
いのちそのものも。

ワタクシゴト(自力)ではどうにもならないと“明らめ”なければ手に入れることは難しい。

//Okei Sugre//

イイお坊さんかヒドイお坊さんか、という悩み

私が仏教思想史専攻の学生だったころは、バブル景気まっただ中。見渡せば、高級車で棚経にまわられるお坊さんばかり。
「お釈迦さまの思想がすばらしいのはわかったけれど、この国で、私にできることは何もない」
と直観し、専攻とはまるで関係のない仕事に就きました。
紆余曲折をへて、知人の半数近くが宗教者という、いまの環境にたどり着くのに20年かかりました。

もちろん中道という言葉は理解しているつもりでしたが、善だとか悪だとかと決めつけることに意味はない、ということが心底わかるようになってきたのは、『いいお坊さん ひどいお坊さん』を書いたあとからです。

『いいお坊さん ひどいお坊さん』を読んだあと、「私はいいお坊さんなのかひどいお坊さんなのか、悩んでしまいました」と語るかたが決まって、世間の人が思い描くであろう、“いいお坊さん”だったからです。

つまり、「自分がひどいお坊さんなはずはない」、と内心で納得して悩まないお坊さんより、「いいお坊さんなのか、ひどいお坊さんなのか、悩んでしまいました」というお坊さんのほうが、相対的にみていいお坊さんである場合が多いんです。

中道というのは悩み続けることなんだなぁ、と、思う次第です。

僧侶は飲酒肉食していいのか?

「僧侶なのに酒を飲むなんて、もってのほかだ」
「焼肉店にいたら坊さんの集団が入ってきて、まずはビールで乾杯。その後、肉を大量にガツガツ召し上がっていた」

……と揶揄する声を多く聞きます。

仏教徒はベジタリアンでなければならない、という思い込みは、どこから来るのでしょう?
不殺生の教えはたしかにありますが、布施によっていただいた肉は食べてよいとされています。

仏教以上に不殺生を徹底するジャイナ教徒は、虫を殺さないようマスクをして外出するとか、外出すると小動物をひき殺してしまうかもしれないから出歩かなくていい小売業や金融業に就いている、と聞きます。

一歩も動かずに(労せずして)商品を右から左へ流して儲けを取るとか利息を取る、というのを、イスラーム銀行が利息を取らないという美談と対応させてみましょう。不殺生本来の目的が生きとし生けるものすべてを尊ぶ平和祈念であるという観点に立ち返れば、いきすぎた不殺生は本末転倒な感じもします。

仏教本来の教えは「中道」。
必要以上に貪り食うことがいけないのであって、節度をもってするのはよいと考えられるのではないでしょうか。

不飲酒戒というのもあるにはあるけれど、南方の暑い地域での飲酒が禁じられるのはわかります。
でも、寒い地域ではどうなのでしょう?
イスラーム教とキリスト教はもとは同じ教えです。暑い地域にひろまったイスラーム教では飲酒を禁じていますが、キリスト教になるとワインをキリストの血と称えます。
そのうえ日本では、酒はお神酒として神にお捧げする文化があります。そもそも神社において酒が製造されていたわけで、八百万の神の1つとして仏教が受け容れられるなかで、飲酒も許容するのは自然なことだったように思われますが、いかがでしょうか。

 

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